続・豆知識
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雷が発生したらこうして避難する・・・。
 地震・雷・火事・親父と昔からいいますが、親父は別にしても、これらはとても恐ろしいものです。雷についての知識もしっかりと身につけておきたいところです。まず、雷が発生しやすい時期−。日差しが強く風も穏やかで、盛り上がるような積雲が午前中から山にかかっている日の午後は積乱雲が発生しやすい。すなわち、雷も発生しやすいのです。富士山と平地との温度差が20度を超えたときも雷の危険があります。ただこれは、ラジオなどの気象通報を聴いて情報を得るしかありません。山男の間では「夏、絹雲が急に増えると雷がある」といわれているそうです。絹雲はすじ雲ともいい、青空に刷毛を引いたような、また白くて薄いカギ状の、きわめて高度にある雲。これが絹層雲→高層雲→乱層雲と変わって雲量が増し、雲高が低くなってくると天気が悪化する兆しと考えてよいでしょう。雷が発生したときは、どうすればよいのか−。雷は比較的高いものに落ちやすいといわれています。ですから、高い木の下などは危険です。山頂や尾根にいるときは、雷発生の危険を感じた時点で、20〜30メートル以上低地に移動し、岩陰や窪地、洞穴などに逃げ込みます。しゃがんで、できるだけ低い姿勢をとりましょう。平地にいる場合も、地面に伏せるなどして姿勢を低くすることです。木がそばにあるときは、その頂を45度前後の角度で見上げる範囲まで避難するとよいでしょう。勿論、木に近づきすぎるのは禁物です。身につけている金属類はすべてはずし、遠くへ投げることも忘れてはいけません。時計、眼鏡、首飾り、ペンダントなどのアクセサリー類はもちろんのこと、ポケットの硬貨などもすべてです。工事用のシートなどがあれば、それで全身を覆って地面に横たわれば、まずは安全です。



突然深みに落ちたり、濁流にのまれたら・・・。
 深い池  もしザック等を持っていればそれにしがみつきましょう。ザックが浮き袋代わりになってくれるからです。そして、慌てずにどちらかの岸に泳ぎ着くようにしましょう。仲間がいる時は、ロープの端を輪状にして投げて救助します。濁流にのまれたら川下に足を向け、岩などに頭をぶつけないように心がけます。そのうち必ず流れの弱い所にでるので、そこで岸に向かって力一杯泳ぎます。濁流にもまれている間は前方をよく見て、水中に持っていかれそうになったら、息を止めます。水中にもぐってしまったら、上に向かってはい上がるようにしてください。後は、できるだけ体力を消耗しないようにして、必ず訪れてくる脱出のチャンスを逃がさないことです。



高波や津波にさらわれてしまったら・・・。
 防波堤から見渡す海  運良く近くに浮力のあるものがあればそれにつかまり、波の動きに体をゆだねるのが良いでしょう。決して波に逆らってはいけません。思った以上に体力を消耗するからです。岸からかなり距離があるところまで流されても慌てないことです。波には強弱があるので、落ち着いて弱い時をうかがい、岸にたどり着くようにしましょう。波は引いたり寄せたりするので、寄せるときに、波乗りする様なつもりで波に体をあずけ、横へ横へと泳ぎ続ければ岸にたどり着けます。衣類は、体にまとわりついて自由な動きができなくなるので脱いだ方がよいのですが、しかし、これはケースバイケースで、寒い季節には、逆に、着ていた方がよいでしょう。保温の効果があるためです。時々オシッコを漏らして下腹部を暖めてやるのも効果的。
溺死者の多くは耳に入った水によって三半規管がおかされ、平衡感覚を失って前後左右がわからなくなり溺れてしまうと言いますから、この点にも注意することです。



鉄砲水の兆候があったら・・・。
中流付近の河川   鉄砲水は、一瞬にして河川の流域を様変わりさせてしまいます。大きな岩でさえも浮き上がり、押し流されてしまうのです。まして人間など、あっという間にのまれてしまうでしょう。今まで澄んでいた水が濁り始めたら、鉄砲水が起こる兆候と考えて良いでしょう。そんな兆候があったら、大木がある尾根を選んで直ちに避難することです。大木があると言うことは、今までの長い月日の中で鉄砲水に襲われたことがないことを物語っているからです。まず、安全だと考えて良いでしょう。焦って山から出ようとするのも禁物。山道はたいてい谷沿いか、山の斜面に設けられています。そうしたところは、増水や崖崩れ、地滑りなどが起きやすく危険だからです。
いずれにせよ、災害に遭遇したとき慌てず冷静な判断ができるように心がけておくことが、大切です。



生存者全員で、死者の肉を食べるべきかどうかについて話し合いがもたれたそうです。しかし、結局合意には達しず、ついに意を決した4人が、機体のそばに安置しておいた死体のところへ歩み寄り、衣類をはぎ、ガラスの破片でマッチ棒ほどの小片を切り取った・・・。彼らは生き延びるためにあえてタブーに挑んだのです。17日目、雪崩が追い撃ちをかけ、生存者は19名に。さらに、人肉を食べることを拒み続けて餓死した人もいて結局16名になってしまいます。
ちょっと一息 その3のつづき アンデス山中の生存者      
飛行機が行方不明になってから10週間後、アンデス山中の谷間で牛の番をしていた農夫の前にひげぼうぼうの2人の男が現れたのです。彼らは生存者のうちの2人で、救助を求めてさまよっていたのです。かくして、生存者16名は12月22日、全員救助されたのです。死者の肉を食べることの是非を軽々しく判断することはできませんが、もし彼らが人肉を食べなければ生き延びることはできなかったでしょう。究極の選択とはまさにこのことかもしれません。この実話を元に「生きてこそ」という題名で1993年に映画化されています。


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